江戸時代中期の武士・文人でもある佚斎樗山(いっさい ちょざん)が著した『田舎荘子』より、武術や東洋哲学の代表的な寓話として広く知られる『猫の妙術(ねこのみょうじゅつ)』を現代語訳しました。
技の巧みさや気合の強さに頼るのではなく、執着や作為を手放した自然体で応じるという姿勢が、大ネズミと猫たちの物語を通して生き生きと描かれています。
※この現代語訳は個人による解釈をまとめたメモ書きです。専門家や学術的な見解とは異なる解釈が含まれる可能性があること、あらかじめご了承ください。
『猫の妙術』とは?幕末の剣聖・山岡鉄舟も愛読した名著
『猫の妙術』は、享保12年(1727年)に出版された談義本『田舎荘子』巻之四に収録されている寓話です。著者の佚斎樗山(本名:丹羽忠明)は下総国関宿藩の武士で、老荘思想や儒学、仏教、武道の要素を取り入れた作品を著しました。
幕末の剣客であり無刀流を開いた山岡鉄舟が深く愛読したとも伝えられています。勝負の勝ち負けを超えた「心のあり方」や「自然体」の本質を、親しみやすい猫たちの対話から学ぶことができます。
現代語訳
一、発端:勝軒の館の大ネズミと古猫の捕獲
勝軒という名の剣術家がいた。
その屋敷に大きなネズミが現れ、真昼間から座敷を駆け回るようになった。
勝軒は部屋の戸を閉め切り、飼い猫にネズミを捕らえさせようとした。そのネズミは逃げるどころか突進してきて、猫の顔に激しく噛みついた。猫は悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
これでは埒が明かないと近所でも評判の腕利き猫たちを何匹も借り集め、その部屋へ入れた。しかし、ネズミは床の間の隅に陣取り、猫が近づくやいなや飛びかかって噛みついてくる。その気迫と形相があまりにすさまじいため、腕利きの猫たちも尻込みしてしまい、前へ進み出ることができなくなってしまった。
これを見た勝軒は腹を立て、自ら木刀を手にして叩き殺そうと追い回した。ところが、ネズミは勝軒の手元をすり抜けて木刀が当たらない。
勝軒は部屋中の戸や障子、襖などを叩き破ってしまうが、ネズミは室内を縦横無尽に飛び回る。その素早さはまるで電光の閃きのようであり、隙を見つけて勝軒の顔に飛びかかり噛みつこうとするほどの勢いを見せた。
勝軒は大汗を流して途方に暮れ、下男を呼んでこう言った。
「ここから六、七町ほど離れた所に、並ぶもののない老猫がいると聞く。その猫を借りてきてくれ。」
言いつけ通りに人を遣わしその猫を連れてこさせたが、大した猫に見えず、さほど利口そうにも見えない。
「まあよい、何はともあれ部屋に入れてみよう」と、少し戸を開けてその猫を中へ入れた。
すると、あれほど暴れ回っていたネズミが途端にすくみ上がり、一歩も動けなくなってしまった。
猫は何事もなかったかのように歩み寄り、静かにネズミをくわえて出てきたのであった。
二、猫たちの集いと教えの請願
その夜、猫たちが勝軒の屋敷に集まった。
老猫を上座に据え、皆その前にかしこまってこう言った。
「私たちは名猫と称され、修練を重ねてまいりました。ネズミはもちろんのこと、イタチやカワウソであっても組み伏せてみせると爪を研いできましたが、まさかこれほどの強敵がいるとは思いもよりませんでした。あなた様は一体どのような術を使って、いともたやすくあのネズミを従えられたのでしょうか。どうかその妙術を私たちにお教えください」
老猫は静かに笑ってこう答えた。
「お前たち若い猫は、それぞれ達者に働いてはいるが、いまだ道理を分かっていない。だからこそ、思いがけない相手に出くわしたときに不覚をとってしまうのだ。とはいえ、まずはお前たちがどのような修行を積んできたのか、一人ずつ話してみなさい。」
三、第一の猫(技と早わざ)への教え
まず、一匹の黒猫が進み出て言った。
「私は代々ネズミ捕りの家に生まれ、幼い頃から精進してまいりました。大きな屏風を軽々と飛び越え、小さな隙間を自在に潜り抜け、あらゆる早業、軽業を身につけております。私の身のこなしの素早さは、眠っているネズミを目覚める間もなく捕らえ、梁の上を走るネズミも追い落とすほどです。それなのに、今日の大ネズミにはまるで歯が立たず、屈辱を味わいました」
老猫はこう諭した。
「お前が修めてきたものは『所作』に過ぎない。所作とは技巧であり、技ばかりを追求すると『なんとしても捕らえよう』といった『狙い』に囚われ続ける。
先人が型や作法を定めたのは道筋を示すためで、技は至って分かりやすく簡潔なものにして型の中に『理』が含まれている。しかし後世の人々は、技の巧みさばかりを追求するようになった。先人が残したものを不足とし、才能を頼りに様々な技を生み出し、ついには技比べに終始するようになった。こうして技巧を極めても、その先へ進むことはできない。
愚か者が技を追求し、才能を誇り、そういった輩は皆このようなものだ。
才能や知恵も心の働きではある。しかし道理に基づかず、技巧だけを追い求めれば、それは偽りの始まりとなる。本来は役立つはずの才能も、かえって害となることが多い。このことをよく省みて、深く工夫しなければならない。」
四、第二の猫(気合と気勢)への教え
次に、虎毛の大猫が一匹進み出て、こう言った。
「私は、武術において最も大切なものは『気』であると考えております。そのため長年にわたって気を練り鍛えてまいりました。今や私の気は広大にして極めて剛健であり、あたかも天地に満ち溢れるかのようです。敵を足元に踏み敷き、まず気勢によってすでに勝った状態を作り、それから攻撃します。声や物音に即座に応じ、ネズミを手玉に取り、変化に対応できないことなどありませんでした。技を使おうという作意もなく、技はおのずと湧き出るように発揮されます。梁の上を走る鼠ですら、睨み伏せて捕らえてきました。それなのに、今日の強大なネズミは、やって来る姿も去っていく足跡も捉えることができませんでした。これは一体どのようなものなのでしょうか」
老猫はこう諭した。
「お前が修練してきたものは、単に『気の勢い』に乗じて働かせているものに過ぎない。自分自身の気の強さを当てにし、頼みにしているからそうなってしまうのだ。優れているように見えても、なお真に到達した境地とは言えない。
お前が相手を打ち破って進もうとすれば、敵もまたお前を打ち破ろうと向かってくる。もし打ち破ろうとしても、どうしても破れない相手が現れたらどうするのか。また、気勢で圧倒しようとしても、敵もまた気勢で圧倒しようとしてくる。気勢で圧倒しきれない相手が現れたらどうするのか。どうして自分だけが剛強で、敵がみな弱いなどと言えようか。
お前が『広大で剛健であり、天地に満ちている』と感じているものは、すべてその時の気の現れに過ぎない。孟子が説いた『浩然の気』に似ているようではあるが、実はまったく異なるものだ。孟子の浩然の気は明知を伴う剛健さであるのに対し、お前の剛健さは、ただ勢いに乗って現れている剛健さに過ぎない。したがって、その働きもまた同じではない。大河の絶え間ない流れと、一夜限りの洪水のような違いだ。
ましてや、気勢に屈しない相手がいるときはどうするのか。『窮鼠かえって猫を噛む』という言葉がある。あのネズミは極限に追い詰められ、何ひとつ頼るものがない。生きようとする執着を忘れ、欲を忘れ、勝負に勝とうとこだわることもなく、我が身を全うしようとする心すらない。だからこそ、その志は鋼のように固いのだ。このような者を、どうして気勢などで屈服させることができようか」
五、第三の猫(和と作為)への教えと「木猫」の境地
次に、灰色の毛並みをした若盛りの猫が、静かに進み出てこう言った。
「おっしゃる通り、気勢がどれほど盛んであっても、気にも意図があります。たとえそれが微細であっても相手に見破られてしまいます。
私は長年にわたり、心のあり方を練り鍛えてまいりました。威勢を作って圧倒することもなく、相手と衝突して争うこともなく、相手に柔らかく寄り添って逆らわない修練を積んでまいりました。相手が強く出るときは、こちらも強く出る相手に調和して動きます。私の術は垂れ幕で投げられた小石の勢いを弱めて止めるようなものです。どれほど強いネズミであっても、私に敵対する足場すらありません。
それなのに、今日の大ネズミは、気の勢いにも屈せず、こちらの和の心にも応じず、その出没や動きはまるで神がかりのようでした。私はまだこのような強敵を見たことがありません」
老猫はこう諭した。
「お前が言う『調和』は、あるがままの自然な調和ではない。『相手に合わせよう』と頭で考えて作られた調和だ。
相手の鋭い気勢をかわそうとしても、心の中にわずかでも『かわそう』という計算があれば、相手はその心の隙や気配を察知してしまう。意図的に心を用いて合わせようとすれば、気配が濁り、鈍重で停滞したものに近づいてしまうのだ。
『こうしよう』と意識して行うときは、物事に自然に感応する働きを塞いでしまう。自然な感応を塞いでしまえば、変幻自在の妙なる働きが一体どこから生まれようか。
ただ余計な思念もなく、意図的な計らいもなく、状況に応じて動くとき、私には捉えるべき形がない。形がないときには、天下に自分と敵対できるものなど存在しないのだ。
しかしながら、お前たちがこれまで修めてきたこと(技術、気勢、調和)が、すべて無駄であると言っているのではない。
形ある『技や体』と『根源の道』は本来一体であるから、日頃の型や動作の中にも大切な道理が含まれている。また気は身体全体の働きを支える根本であり、その気がこだわりなく伸びやかであれば、様々な状況に柔軟に応じることができる。そして真に調和していれば、力と力を衝突させず、硬い金属や石に当たっても砕けることはない。
それでもなお、心の中にほんのわずかでも『こうしよう』という思惑や執着が生じれば、すべて作為となってしまい、本来の自然なあり方から外れてしまう。だからこそ、相対する相手も心服せず、自分を敵と見なして争う心が生まれるのだ。私は何の術も用いてはいない。ただ無心のまま、状況に応じて自然に対応しているだけだ。
だが、道の奥深さには際限がない。私の語る境地をもって至高と思ってはならない。
昔、私の隣村に一匹の猫がいた。一日中眠ってばかりで気勢もなく、まるで木彫りの猫のようであった。誰もその猫がネズミを捕るところを見たことはない。それにもかかわらず、その猫がいる近隣には一匹のネズミも寄り付かなかった。居場所を変えても同じであった。
私が訪ねていきその理由を尋ねたが、その猫は何も答えなかった。四度尋ねても、四度とも答えなかった。答えないのではない、そもそも答えるべきところがなかったのだ。
これによって私は『知る者は言わず、言う者は知らず』ということが分かった。
あの猫は自分を忘れ、相手も忘れ、無物(余計な執着を離れ、天地自然の理そのままの状態)に帰っていた。戦わずして相手を屈する『神武にして不殺』とは、まさにあの猫のことである。私の境地など遠く足元にも及ばない。」
六、勝軒への教え:剣術の本旨と心の妙用
勝軒は夢から覚めたような面持ちでこの対話を聞き、部屋から進み出て、老猫に対して丁寧に一礼をして言った。
「私は長年剣術を修めてまいりましたが、いまだその道を究めることができておりません。今宵、皆さんの議論を拝聴し、我が剣の道の極みに至る手掛かりを得ました。伏してお願い申し上げます、どうかさらにその奥義をお示しください」
老猫はこう答えた。
「私は獣に過ぎず、ネズミは私の餌に過ぎません。人間の道について何を知り得ましょうか。しかしながら、私もかねてより伝え聞いていることがございます。
そもそも剣術とは、他人に勝つことだけを目指す術ではありません。一大事の危機に直面したとき、生死を見極める術なのです。武士たる者は常にこの心を養い、その術を修練しなければなりません。
ゆえに、まず何よりも生死の道理を深く悟り、心に偏りや歪みがなく、疑いも惑いもなく、小手先の才覚や浅薄な思慮を用いることなく、心と気が穏やかに調和し、心の中に何のとらわれもなく、静かな深い淵のように不動でいられるならば、変化への対応も極めて自在となるはずです。
もし心の中にわずかでもこだわりがあれば、そこに心の偏りや姿形が生じます。姿形が生じれば、『敵』が現れ『自分』が生じ、互いに対立して争うことになります。そうなれば、変化に応じる妙なる働きは自在には発揮できません。自分の心が先に死地に囚われて、本来備わっている霊明さを失ってしまうのです。そのような状態でどうして胸のすくように堂々と立ち、勝負を決することができましょうか。たとえ勝ったとしても、それは単なる『めくら勝ち(偶然の勝利)』に過ぎず、剣術の真の目的ではありません。
こだわりがないというのは、何もない空っぽを言っているのではありません。心には本来形がありませんから、何物も蓄えてはならないのです。心にわずかでも物を蓄えとどめれば、気もまたその場所に偏り執着してしまいます。気がわずかでも偏れば、柔軟で伸びやかな融通無碍の働きができなくなります。気が向かうところは行き過ぎとなり、向かわないところは不足となります。行き過ぎれば勢いが溢れて制御できず、不足すれば気が衰えて役に立ちません。どちらであっても予期せぬ変化に応じることはできません。
私が言う『心にとらわれがないこと(無物)』とは、何も蓄えず、何にも寄りかからず、敵もなく自分もなく、やって来るのに応じて自然に動き、心になんの痕跡も残さない、それだけのことです。
『易経』に『思うこともなく、作為することもなく、静まりかえって動かないが、感応してたちまち天下の道理に通じる(無思無為、寂然不動、感而遂通)』とありますが、この道理を弁えて剣術を学ぶ者は、道に近づいていると言えます」
勝軒が尋ねた。
「『敵もなく自分もない』とは、一体どういう境地でしょうか」
老猫は答えた。
「『自分』があるからこそ『敵』が生じるのです。自分へのこだわりがなければ、敵など存在しません。そもそも『敵』とは、相対して対立するものの呼び名です。陰と陽、水と火のようなもので、およそ形や姿のあるものには対立する相手が存在します。しかし、我が心に形や偏りがなければ、対立する相手も生じません。対立する相手がいなければ、争う相手もいないのです。これを『敵もなく、自分もない』と言うのです。
相手も自分も共に忘れ去り、心が深い淵のように澄み渡って何事にも乱されないとき、万物と調和して一体となります。敵を制しても、自分自身はそれを意識すらしていません。何も分かっていないのではありません。心に一切の邪念がなく、ただ相手の動きを感じ取ったままに自然に動いているだけなのです。
この心が澄み渡り、無事平穏であるとき、世界はそのまま我が世界となります。これは善悪の是非や好き嫌いといった執着やこだわりがない状態を意味します。苦しみや楽しみ、損得といった分別の境地は、すべて自分の心が作り出しているものです。天地は広大無辺であるとはいえ、自分の心の外に求めるべきものなど何もありません。
昔の人は『眼の中に塵が入れば、全世界も狭く感じられ、心の中に何のわだかまりもなければ、一生をゆったりと安らかに過ごせる』と言いました。眼の中にほんのわずかでも砂粒が入れば、目を開けることすらできません。本来は何もなく澄み切っている場所へ、余計な物を入れるからそのようになるのです。これは心のあり方をたとえたものです」
さらに老猫は言った。
「何千、何万人という大敵の中に身を置き、この肉体が粉々に砕かれようとも、この心だけは誰にも奪えないのです。どれほど強大な敵であっても、この心を奪うことなどできません。孔子も『たとえどんな人間であっても、その志を奪うことはできない』と言いました。もし心が迷い動揺すれば、かえって敵を利することになります。
私の申し上げたいことはこれに尽きます。ただ自らを省みて、自分自身の内に真実を求めるべきです。師匠はその事柄を教え、その道理を説き明かすだけです。その真実を体得できるかどうかは、自分自身にかかっているのです。これを『自得』と言います。また『以心伝心』とも言い、『教外別伝(きょうげべつでん)』とも言います。教えに背くという意味ではなく、言葉や書物では師匠であっても伝えきることができない境地を指すのです。
これは禅の教えに限ったことではありません。聖人の心のあり方から様々な技芸に至るまで、自ら体得する境地はすべて以心伝心であり、教外別伝なのです。
『教え』とは、本来自分の中にありながら自分自身では見つけられないものを指し示して気づかせるための道しるべに過ぎません。師匠から直接手渡して授けてもらえるものではないのです。教えることも易しく、教えを聞くことも易しい。ただ、自分の中にすでにある真実を確実に見つけ出し、真に我がものとすることが難しいのです。これを『見性(けんしょう)』と言います。『悟り』とは、妄想という長い夢から覚めることを意味します。『覚』というのも同じことです。何か特別な力を身につけるようなことではないのです」
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